当サイトは、ブラウザのJavaScript設定を有効にしてご覧ください。

YUKIGUNI [独房の惑星 -The galaxy in a cell-] 発売記念インタビュー . Vol.01


--まずは、YUKIGUNIのリーダーで唯一のオリジナルメンバーであるMAMORUさんが札幌のハードコア・シーンに入っていった経緯から教えてください。

MAMORU 出身は江別という札幌の隣にある所なんですけど。YUKIGUNIを始めたのは中学生の時。どうしてドラムだったかというと、好きな女の子に「オレ、どの楽器が似合う?」って聞いたら、「ドラムがいいんじゃない?」って言われて(笑)。

一同 ワハハハ(笑)。

MAMORU まぁ、体格が前からこういう感じだったんで。最初はBOOWYとかJUN SKY WALKER(S)のコピーバンドをやっていました。江別は田舎で情報がなかったから、当時はそういうものがパンクだと思っていたんですよね。それから高校生になって、友達の先輩からヌンチャクのCDを聴かせてもらって。「こんなにハードな音楽があるんだ」って知って。そこからGARLIC BOYSとかHi-STANDARDも聴くようになった。それである時、HUSKING BEEがツアーで札幌に来ることがあって、自分も観に行ったんですよ。そこに出ていたのがSLANGだった。当時、KOさんがギターからボーカルになってまだ1年に満たないころだったんですけど、「これが本当のパンク/ハードコアなんだ」って思って。衝撃を受けましたね。それで自分も札幌でこういうバンドをやってみようと。

--SLANGの特にどんなところに衝撃を受けましたか。

MAMORU まず、何を歌っているのかが分からないじゃないですか。それでも突き刺さったんですよね。こういうやり方もあるんだって思いました。なんか、「オマエもやっていいんだぞ」って言われているような気がして。コピーバンドで縮こまっていないで、もっと自由にやっていいんだなって。それからオリジナルの曲をやるようになりました。

--ではハードコアの影響としてはSLANGがいちばん大きい?

MAMORU そうですね。それ以前のハードコアとかはほとんど聴くことなく、いきなりSLANGでしたから。ただ、楽曲の部分としては、最初のころはヌンチャクとか、ミクスチャー寄りでしたね。それからニュースクールと呼ばれている音楽──パンクとメタルがミックスしたような音楽性になっていきました。

--SLANGのKOさんと初めて話をした時のことを教えてもらえますか。

MAMORU YUKIGUNIのカウンターアクションでの初ライブをKOさんが観に来てくれて。ライブ前に挨拶をしたら、いきなり一発殴られたんですよ(笑)。

--それは札幌のバンドの通過儀礼のようなものなんですかね(笑)。

MAMORU ほとんど体育系の世界ですからね(笑)。

--ライブの感想とかは何か聞きましたか?

MAMORU その時は何も言われなかったんですけど、ちょっと経ってからはよく言われました。「とりあえずダサイ」みたいな(笑)。当時はまだパンクの流れにあるハードコアの人たちがたくさんいて。ウチらはどちらかというとパンクを通っていないハードコア集団だったから。なかなか理解されなかったですね。

--YUKIGUNIが結成された99年というのは、国内でもニュースクールが盛り上がりはじめた時期ですよね。札幌にはほかにもニュースクール系のバンドはいたんでしょうか。

MAMORU ANSWER 2 NO ONEとFROM ONE STEPというバンドがいました。でも、そんなに仲がいいわけではなかったですね。彼らはアグノスティック・フロントとかマッドボールみたいなことをガチでやっていたけど、オレらはヌンチャクの流れもあって、ちょっとユーモアの要素もあったから。だからオレ、友達があまりいなくて。カウンターアクションにも一人で行っていましたね。

--MAMORUさん自身、ニュースクールへのこだわりはあったんですか?

MAMORU う〜ん、そういう概念はなかったかもしれないです。ジャンルとかは関係なしに、人の集まるところに行ってましたね。友達がいないもんだから、寂しさを紛らわすために。